【ロンボク島地震被災】バックパッカー一家のギリトラワンガン地震レポート - 出産祝いはパスポート
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【ロンボク島地震被災】バックパッカー一家のギリトラワンガン地震レポート

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Day13 of 28 2018/8/5 ロンボク島地震
インドネシアロンボク島からギリトラワンガンに移動して3日目。
いつもより早めに夕飯を済ませて、ベランダでのんびりと過ごしているときにそれは起きました。


※地震発生1時間くらい前

19:45頃 ロンボク島地震発生

ドオンッッッ
地響きと突き上げるような衝撃ともに、地面がまるでワイングラスのワインのようにぐるぐると回り始めました。
最初は小さく、すぐに揺れは大きくなり、電気が消え、パラパラとコンクリートが落ちてくる。
バルコニーにいた私達は瞬時に固まって抱き合い、バルコニーごと落ちるかも。でも室内も危ない、津波は?瞬時に色々なことを考えながらただひたすら揺れが収まるのを待ちました。この時はもうひたすらただ祈るのみ。
1~2分くらいの時間だったと思うけれど、すごく長く感じた
揺れが収まり、とりあえず逃げなきゃ。とスマホを握りしめ
真っ暗でなにも見えない中建物から逃げ出す私たち


『RUN!!!!Go to hill !!!!!』
叫び声や悲鳴に混じって怒号が飛び交う
そうここは離島。
ギリトラワンガン唯一の丘に向かって一斉に逃げる人たちに紛れて逃げることに
とにかくここは混み合っている町なので逃げ場がなく。余震が来たらひとたまりもない。
本震終わった後真っ暗な中丘に移動。
途中けがをしているひと。動けない人、泣き叫ぶ人多数
350mの距離が長く感じる。真っ暗で、よくわからないけどとにかく誰もなにもわからない、大混乱。
途中旦那とはぐれ、8歳の娘号泣、10歳の息子アルマは「大丈夫だから。パパは生きてる、こういう時は絶対慌てちゃダメ。落ち着いて、大丈夫だから」なんか急に頼もしいアルマ


丘への道はまさに獣道途中有刺鉄線などもあり、ここでもけが人多数
(たまたま前日同じ場所にサイクリングで行ったため子供達が危ない場所全部教えてくれました)
ヤギ糞まみれの場所に座り、途方に暮れていたところ今度はマットの支給。(ダニ在住)
シャワー中だったのか、バスタオルを巻いたままの状態の人。
血を流して傷を抑えながら歩く人、呻く人。裸足の人、、、続々と集まってくる
余震たびにローカルの祈りの歌が大きくなり余計に怖さを誘う

グーグルが遅くて動かず、深夜SNSで震源地と津波情報確認してもらい、外務省への連絡をお願いする
この時動いたのはtwitter FB それからLINE
一旦余震が治まってきたのを感覚で確認して子供達を置いて大まかに荷物を取りに帰宅を検討する
鍵は開けっぱだし、こういう時はドロボーが増える
南風が10m以上吹いてて寒いし、スマホの充電だって切れそう。
最初は旦那だけの予定だったけど、子供と私の荷物は私がセットしたので暗闇の中で行動するなら私が行った方が効率がいい。
だけど、子供たちを置いていくのも気がひける
とりあえず、SNSを通じてすぐに動けそうな友人に連絡。
荷物を取りに行くが、朝までに連絡がなかったら子供たちが島に取り残されてるから助けてほしいと伝言
実家にも友人の連絡先を伝え、何かあったらその友人に全てを託してある旨を伝え
長男アルマに、私たちが帰ってこなかった際、必ず友人が助けに来るからと旦那とともに出発

グーグルマップを見ながら、宿に再度向かう
暗くて見えないけど、ガラスや壊れた塀をかき分け到着
シーツと、ライト、貴重品を適当に詰め込む。
泥棒が増えるので部屋の鍵もその際きちんと。
無事再度丘に戻ると、親切なローカルの人たちが子供たちを毛布にくるんで待っていてくれた
その夜はそのまま丘の上でローカルの方たちと一緒になって就寝。

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※丘の上の夜明け

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※朝起きたら履いてたビーサン盗まれてたのでリーフシューズ履く旦那 ある意味ガラスとかにも強いので最強

8/6 遭難二日目
丘の上で朝を迎え、一旦子供達をビーチに避難させ再度すべての荷物を取りに宿に戻る。
明るくなってだんだんと村の様子が見えてきた
建物は屋根から崩れ落ち、地面には色々なものが散乱していた
昨日食べてたレストランは屋根がまるごと落ちていて、もし早めに行かなかったらと思うとゾッとする(地震発生が7:45なので大いに有り得る)
私たちの宿も亀裂が走り、階段には大きなブロックの塊が落ちていた
宿の管理人と落ち合い、私たちの住んでた近所でもアルマと同じ10才の子供が塀に挟まれてなくなったと聞いた

ランドリーを取りに行ったがすでに崩落してたので誰もおらず
たくさんの人が亡くなったようで、多くは壊れた塀に挟まれた様子
こちらで特に被害が大きいのはガラス窓の店舗と無設計っぽいブロック塀。
資本が大きなホテルとかはちょっとブロックが落ちたり亀裂が入ったりする程度。
どっちにしろ日本と違って混ぜ物の多いコンクリートなので脆い。



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※文字通り、ランドリーは潰れてた


ビーチに避難。明るいうちに夜に備え寝床の用意。交代で食料飲み水バッテリー救護関係確認
現場情報は錯綜して役立たず。
こっちはフェイクニュースも多いようで、本物にたどり着かないとローカルたちも言っていた。
誰も何もわからないので直接自分たちで友人や家族に情報を求めた方が良さそう。
twitterがインドネシアの人たちの地震に関してニュースを集める手段とのことでローカル言語で情報を集める
(gempa(グンパ)っていうのがインドネシア語で地震という意味)

崩落コンビニから勇者たちが水やお菓子を投げてくれるのでそれをみんなで分け合って食べる。


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島の東側から震源地に向かって頻繁に船が出るものの、船に近づけるような状態ではないため体力温存。
我先にと船に乗り込むため人がボンボン海に落とされていた。大混乱。

ギリトラワンガンから隣のバリ島に行くためには一旦震源地に移動した上でさらにフェリーを乗り継ぐ必要あり。後日確認したところタクシー、フェリー、すべてのトランスポートは5から10倍近い値段だったらしい。SNSでたくさんの方にシェアしていただいたお陰でバリ在住の日本人から確認していただき波が高くギリトラワンガンーバリ便は現在出ていないとのことでしたので無茶な移動は控えたほうがいいと判断

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15:00頃大きなフェリーが到着するもスノーケルが有名な島のため近寄れない様子。3艘浮かんだまま待機。
小舟のトランスポートが鈍り出す
気づけばローカルらしき人はほとんど逃げたらしく、船はあっても運転する人はいない。
それでも相変わらず1000人程度の観光客が足止めのまま
夜前に丘に7-8割が再度移動
津波を知らない観光客と、地震経験国の対応はこの辺にも出たと思う。



ハイタイド(満潮)a.m4:00頃に大きな船がやってくることを信じて安達家ビーチ待機決定。
貴重品は全て繋いで、引っ張ったら全部繋がってる仕組みにして自転車にくくりつける
案の定寝てる間に何度も荷物をチラチラみにくる人が出るので熟睡出来ず
(なに?って聞くと自転車探しててさあ、みたいなこと言ってくる。絶対深夜に自転車とか嘘だ〜〜)

8/7 遭難三日目
am1:30頃 大きな船が動き出す
観光客が殺到し近寄れず、
たくさんの人にもう乗れないと言われたが諦めずセコイけど子連れの可哀想な女の人に見えるよう接近。
子供がいるぞー!と最優先してもらえた。
(サーフボード持った旦那は後からついてくる感じに)
助けてくれた人の顔、一瞬だけど忘れないと思う。

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結局どこに向かうのかよくわからないまま船に乗り込み、
さらに船を乗り換える。

後からわかったことだけど実際に政府の大きな船に乗れたのは50名程度だけだったらしい。
途中コーストガードが運転する船に乗り換える必要があったたため大きな船だったけど政府の船には乗ることができなかったようだった。基本ルートは震源地に向かうローカルボートか、値段度外視して自分で震源地に向かうツアー会社にコンタクトして調達するかどっちか。政府は遅いと思っていい。


07:30
コーストガードの人の船はこのままバリに行くという
個室を与えられて直接バリin.
ポリスバスで空港送迎のところ、いやまだ帰らないので、ということでクタのレギャンビーチにお願いします。
と伝えるといいね!バリでゆっくりしてってよ と運転手さんに送ってもらえました



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誰1人大きな怪我なく無事だったことが何よりでした。
あわてない、よく考えて行動すること。パニックによる二次被害も多く、よく言われることですが本当にその通りだったと思います。
たくさんのサポート、応援ほんとうにありがとうございました!
しばらくバリでゆっくりしたいと思います



インドネシアギリトラワンガン地震脱出してからの忘備録

●ネットが微弱な時はグーグル検索使えないがSNSが使えることも多い●
【助かったこと】
・LINE FB 大活躍
・グーグルマップは地形確認や真っ暗移動も心強い相棒
・ニュースはリンクより書き起こしが有難い(現地の主要言語が違う場合は特にニュースが遅れるので海外ニュースパトロールはとてもありがたかった。)
・代わりに領事館に連絡
・震源地の場所特定(津波の到達地点、現地プレート状況、津波警報の有無 海なのか大地なのかで安心感が違う)

【気をつけたことがいいこと】
・建物が弱いので机の下より頭守って広い場所に逃げる
・精神的にはとても心強かったいいね応援コメントは電池の消耗に繋がるため最中は控える、シェアは大歓迎。英文併記出来る人はしていただけるとさらにありがたい
・スマホは省電力モード、機内モード等にして時々確認するようにする
・被害側は現地電話連絡先、いる場所、欲しい情報を的確に伝える
・行く前に外務省たびレジ登録
・靴脱がずに寝る(盗まれる)
・荷物は木でもなんでもいいので全て繋げておく(かっぱらわれる)
・コンタクトはめてたのでメガネがいちばん困った

【あってよかったこと もの】
・シーツ、枕
・リーフシューズ
・カッパ(寒さ対策/風速10m以上あるため南国といえどビーチは寒い)
・モバイルバッテリーと現地携帯番号
・ダイヤル式鍵
・ライト

【やらねばならないこと】
・水分食料確保(お店空いてないので基本コンビニカチコミ-現地的配給方法。アイス等はどうせ溶けてダメになる。のでコンビニ付近で待ってれば勇者が現れ外に運び出してくれる。政府は初動が遅い)
・安全確保と休養(その辺からビーチベッド、ビニールシート、早めに基地作る。ダイビングショップは救護用品あり。救護室になっていることも。ボランティアドクターやナースもいた)
・現地のお金(atm や換金は役立たず)
・ローカルにトランスポートと現地ルート確認
・電源系は大きなホテルの近くでジェネレーターで充電センター作ってくれてました(早い者勝ち)

【海にいるなら】
・潮の満ち引き確認(大船は浅いと近寄れないし自分の基地が満ちた時に水没するかも)
・履物はビーチで調達片方サンダルいっぱい落ちてる
・手を洗うくらいなら落ちてるボトル水拾って最後にアルコール消毒が便利

ちなみに今回寄付の意味も込めて最後に宿代もなけなしのお金できっちり払ってきました。

マグニチュード7.0
死者131名
怪我人1477人
20180809 現在
※この記事は、PANATAGのFBページにて更新されたものを転載しております


後日談
実は最中にNHKジャカルタ局長さんからコンタクトがあり、音声だけだけど全国デビューしてたようです
今となってはちょっとうれしい思い出
※記事はNHKオンラインであとから気づいて嬉しくてスクショしておきましたw

nhk lombok

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